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静岡地方裁判所 昭和57年(行ウ)6号 判決 1984年7月19日

原告 古市滝之助

被告 静岡税務署収税官吏

代理人 有本恒夫 寺島健 松本克己 工藤聡 藤井光二 小林武 ほか二名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(本位的請求)

1 被告が昭和五七年四月八日静岡市与一右衛門新田三三四番二一九号において原告に対してした別紙物件目録記載の物件に対する差押処分は、無効であることを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

1 被告が昭和五七年四月八日静岡市与一右衛門新田三三四番二一九号において原告に対してした別紙物件目録記載の物件に対する差押処分は、これを取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の申立て)

主文と同旨

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、原告が酒税法九条一項の規定による免許を受けないで酒類の販売業をした、との犯則事件を調査するため、国税犯則取締法二条一項の規定により、昭和五七年四月八日、静岡市与一右衛門新田三三四番二一九号所在の原告の販売場及び附属建物において、別紙物件目録記載の物件を差し押えた(以下「本件差押処分」という。)。

2  しかしながら、酒類の販売業をしようとする者は、販売場ごとにその販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならないものとする酒税法九条一項の規定は、職業選択の自由を保障する憲法二二条一項の規定に違反する無効の法律であるから、原告が酒税法九条一項の規定に違反したとの犯則事件を調査するため被告がした本件差押処分も、また当然に無効であるか、少なくとも取り消されるべきものである。すなわち、

(一) 酒税法九条及び一〇条に規定するが如き営業の許可制度は、狭義における職業の選択、すなわち職業の開始、継続、廃止における自由そのものを直接制約する、最も徹底した規制にほかならないから、これを合憲と認めるためには、強い合理的根拠が存在しなければならない。

営業の許可制が合憲であるとして是認されるためには、第一に、規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、第二に、目的と規制手段との間に合理的関連性が存在すること、第三に、規制によつて失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること、の三要素がすべて充足されなければならない。

(二) 然るに、酒税法において免許制度の目的とされる酒税収入の安定確保は、職業選択の自由に対する規制根拠として正当なものとはいえない。

(三) 仮に酒税収入の安定確保が職業選択の自由を規制する根拠として正当なものであるとしても、右の目的を達成するためには、酒類製造者又は酒類引取者を免許制度のもとにおくことで足り、酒税納付義務者でもない酒類販売業者を免許制のもとにおくことが、規制目的達成のために必要な合理的手段であるとは到底認められない。

(四) 現行制度は、酒類製造者からの酒税徴収を確保するため万全の措置を講じているのであるから、更に酒類販売業者を免許制度のもとに規制したとしても、これによつて国家に付加される利益は、きわめて僅少なものに過ぎない。これに対して、免許制度のもとで不許可処分を受けた申請者は、希望する酒類販売業の開業自体を完全に抑制され、その職業選択の自由は全面的にはく奪されるのであるから、その不利益の程度は著しく重大である。

したがつて、酒税法による酒類販売業者の免許制度は、比較考量の要件においても著しく妥当性を欠くことが明白である。

3  よつて、原告は、本位的に本件差押処分が無効であることの確認を求め、予備的に本件差押処分の取消しを求める。

二  本案前の申立ての理由

1  訴外名古屋国税局長は、本件差押処分にかかる原告の酒税法違反事件について、国税犯則取締法一四条一項に基づき、昭和五七年一二月二一日付け通告書をもつて、原告に対し、罰金相当額金二〇万円及び書類送達費金六六〇円並びに没収品に該当する同通告書別表「没収品に該当する酒類明細表」記載の物品を白河税務署に納付すべき旨の通告をした。

しかし、原告は、右通告を受けた日から二〇日以内はもとより、その後も通告の旨を履行しなかつたので、同国税局長は、昭和五八年四月八日、国税犯則取締法一七条一項に基づき、静岡地方検察庁検察官に右犯則事件を告発し、同日、同法一八条一項により、右検察官に対し本件差押物件の引継ぎをした。

2  ところで、国税犯則取締法一八条三項によれば、右引継ぎにより、本件差押物件は検察官が刑事訴訟法の規定により押収したものとされる。

原告は本訴において、本位的に本件差押処分の無効確認を、予備的にその取消しを求めているのであるが、これは右押収に対する不服の申立てというべきところ、刑事訴訟法上、検察官のした押収処分に不服がある者は、同法四三〇条一項の規定により、準抗告の手続によつて当該処分の取消又は変更の請求をすべきこととされ、同条三項の規定により、右請求については、行政事件訴訟に関する法令の適用が排除される。

3  したがつて、本件訴えは、前記告発に伴う本件差押物件の引継ぎにより、行政事件訴訟手続によることを得なくなつたものと解すべきであり、訴えの利益を有しないこととなるから、不適法として却下されるべきである。

三  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認めるが、同2の主張は争う。

2  酒類販売業にかかる免許制度は、酒税の保全という目的において合理性が認められ、この目的を達成するための手段としても合理的と認められるから、憲法に適合するものというべきである。すなわち、

(一) 酒類販売業にかかる免許制度は、財政政策の見地からの職業選択の自由に対する積極的、政策的制限であるから、この制度の合憲性は、最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決(刑集二六巻九号五八六頁)の考え方によつて審査すべきである。そこでは、規制の目的において一応の合理性が認められ、また、規制の手段・態様においてもそれが著しく不合理であることが明白でない限り、合憲と判断されるべきである。

(二) 酒類販売業にかかる免許制度は、酒税の保全を基本目的とし、併せて酒類販売業者の経営の安定を図つているのであり、これらは憲法二二条一項の「公共の福祉」に含まれるものであるから、規制の目的において十分の合理性を有している。

(三) 酒類販売業者は、酒類代金の円滑な回収を通じて高率な酒税の転嫁を図るという面において、酒類製造者と担税者すなわち消費者とを結ぶパイプとしての役割を担つており、いわば酒税の間接的な徴収機関ともいうべき重要な地位にある。したがつて、酒類販売業者の経営の安定を図ること、また、信頼しうる酒類販売業者をしてその任に当たらしめることは、酒税の確保のために極めて重要な要請であつて、酒類販売業者を免許制によつて規制することは、必要かつ合理的なことである。また、酒類は致酔飲料であるところから、社会秩序の維持、国民保健衛生の見地からも、秩序ある供給を図る必要があり、この面からも酒類販売業にかかる免許制度には合理性がある。

したがつて、酒類販売業にかかる免許制度がその規制の手段、態様及び対象において、著しく不合理であることが明白であるとは到底いえない。

また、酒類販売業にかかる免許制度は、規制の手段・態様においても、この制度が導入された当時の状況、導入後現在に至るまでの制度の実効性、免許制度よりゆるやかな規制手段では同じ目的を達成することが困難であること等の立法事実に照らして、十分の合理性と必要性が認められ、合憲であることは明らかである。

四  本案前の申立てに対する原告の認否及び反論

1  被告の本案前の申立ての理由1の事実は認めるが、同2及び3の主張はいずれも争う。

2  国税犯則取締法一八条三項の規定は、本件のように告発前に行政事件訴訟を提起している場合には、適用されないものというべきである。すなわち、

(一) 原告は、昭和五七年六月一三日に本訴を提起しており、名古屋国税局長の告発は、本訴提起後約一〇か月後の昭和五八年四月八日に行われたものである。

(二) そして、行政事件訴訟の場合には、当事者に口頭弁論の機会が与えられるのに対し、刑事訴訟法四三〇条の規定による準抗告の審理は、当事者対立構造を欠く職権主義的なものであつて、口頭弁論は法律上必要ではなく、また、実際上も全く行われていない。したがつて、全般的にみるならば、行政事件訴訟の方が、原告ばかりでなく、被告にとつても実質的に利益となるといえる。

そうすると、本訴が却下されることになれば、原告の既得権を奪うことになるし、また、同じ国に対する不服申立てでありながら刑事訴訟手続で再度争わせることは、訴訟経済上も損失であるというべきである。

(三) したがつて、被告の本案前の申立ては、本件に関する限り排斥されるべきである。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1の事実(被告による本件差押処分)及び本案前の申立ての理由1の事実(名古屋国税局長による通告、告発及び本件差押物件の引継ぎ)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件訴えの適否について判断する。

国税犯則取締法一八条三項は、国税に関する犯則事件が告発され、同法二条一項の規定によつて差押えられた物件が同法一八条一項の規定により検察官に引継がれたときは、当該物件は、検察官が刑事訴訟法の規定により押収した物とする旨規定している。一方、刑事訴訟法四三〇条一項は、検察官のした押収に関する処分に不服がある者は、その検察官が所属する検察庁の対応する裁判所にその処分の取消又は変更を請求することができる旨規定し、更に、同条三項は、右処分の取消又は変更の請求については、行政事件訴訟に関する法令の規定を適用しない旨を規定している。これら関係法条の規定するところによれば、収税官吏による差押物件が検察官に引継がれ、検察官が刑事訴訟法の規定によつて押収したものとされた後は、当該差押物件は、刑事訴訟法の規律する領域内に取り込まれ、これに関する手続はすべて同法の定めるところによるべきこととなるから、差押処分に対する不服申立ても、同法四三〇条の準抗告の方法によるべきであり、行政事件訴訟法による訴訟事項ではなくなるものと解すべきである。そして、このことは、差押処分に対する抗告訴訟の提起が、差押物件の引継ぎにより前であるか否かによつて、別異に解すべき理由もない。

そうすると、本件においては、前記のように、既に原告に対する犯則事件が告発され、本件差押処分に係る物件が検察官に引継がれていることは、当事者間に争いのない事実であるから、本件訴えが本件差押物件の引継ぎ時より以前に提起されているとしても、現段階では、行政事件訴訟法による訴訟事項たりえない事項を審判の対象とすることに帰し、訴訟要件を欠くに至つたものといわざるをえない。

三  よつて、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐久間重吉 北村史雄 孝橋宏)

物件目録 <略>

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